おかげさまで創業200年:かるた・百人一首・ゲーム類・製造・卸・販売

京都大石天狗堂 ニュースブログ

京都新聞に掲載された大石天狗堂

カテゴリ: かるた,全般 2017.02.17 1:16 pm

皆さんこんにちは。

広報のFです。

よろしくお願い致します。

本日の京都新聞をご覧になられましたか?

大石天狗堂の記事が掲載されていました。

(いやぁ 全然、自慢じゃね~からな!

自慢じゃね~って!

やめろよ~!!

照れるじゃね~かぁ!!)

と、どこぞのアニメのキャラクターみたいな喜び方をしつつ、早速以下の掲載分をご覧下さい。

京都新聞20170217

【ひと脈々 わざ代々】

(手仕事 美しさにこだわり)

寛政12(1800)年の創業 かるた作り 大石天狗堂

 

店内の棚には、デザインの異なるかるたがずらりと並ぶ。

「百人一首」や「いろは」、「古事記」…。

 

ひときわ目を引くのは、落ち着いた金色に輝く「光琳かるた」だ。

江戸時代の画家・尾形光琳が描いた小倉百人一首のみやびな世界を、高精細シルクスクリーン印刷で再現した。

最高級品は、職人が裏面に金色の和紙を手仕事で貼って仕上げている。

「当時、豪華なかるたは花嫁道具だったのでしょう。復刻版もやはり、鑑嘗用や草書の手本として愛用する方が多いです」と、大石天狗堂の9代目前田直樹さん(37)が説明する。

 

天狗堂は江戸後期の寛政12(1800)年の創業。

昔ながらのかるたは、紙を重ねた上に、文字や絵を描いた表面の紙を貼る。

裏面には大きめの「裏紙」を貼って4辺を折り曲げ、側面と表面の縁を固める。

形が崩れないよう補強する目的と、額縁のような意匠にする先人の工夫だという。

 

天狗堂の作業室では、裏紙を貼る専用装置が小気味よく稼働する。

ベルトコンベヤーで運ばれた百人一首の札が、アームで持ち上げられ、のり付けされた

裏紙の上にセットされていく。

脇に控える職人が、札の位置がちょうど中央になるよう微調整し、装置に戻す。

別の担当者が完成品を1枚ずつ丹念に確かめる。

 

「時代の流れで紙の素材や機械化などの変化はあります。でも、基本的な工程は同じです」と前田社長。

手作りの風合いと生産の効率化のバランスが難しいという。

そのこだわりもあってか、全日本かるた協会公認の競技かるたを全国で唯一、製造している。

600年以上読み継がれてきた歌の解釈は多様だ。例えば21番の素性法師の「今来むと…」で始まる歌。

天狗堂の定本では取り札の最後は「待ちいでつるかな」だが、競技用は協会の解釈に合わせて「待ちいづるかな」としている。

近年、競技かるたを題材にした青春漫画「ちはやふる」が実写映画化されるなど大ブレーク。

競技用かるたは、注文から納品まで1~2カ月かかるという。

先代の父・故俊行さんについて「とにかくアイデアの宝庫でした」と振り返る。

明治時代に伊藤博文が発注した大判の花かるたや、花札の原型となった「うんすんかるた」などを次々と復刻。

一方で「現代っ子に親しまれるように」と、ことわざかるたの裏面を日本列島の地図パズルにした商品も開発した。

前田さんが社長に就任直後、俊行さんが亡くなった。

2人で改訂作業中だった入門用かるたが、最後の親子の仕事となった。

 

かるたはかつて、庶民の娯楽の代表格だった。

娯楽が多様化し、かるたで遊んだことがないという子どもが増えた。

今では京都市内でかるた製造は数社のみ。

「日本の伝統的な遊びや札の意匠の美しさを次世代に伝えていく責任を感じます」と前田さん。

子どもや若者が夢中になっているスマートフォンで遊べるゲームは、お年寄りには敷居が高いと感じる。

「アナログなかるたは、老若男女が同じ立場で楽しめる。父のように時代に合った新商品を開発したい」(芦田恭彦)

 

 

 

大石天狗堂 かるただけでなく、囲碁や将棋など幅広い室内玩具を取り扱う。

ハマグリの貝がらに王朝世界を描いた「貝合せ」も販売しており、伝統的な遊びや美の伝承に力を入れている。

 

 

以上です。

如何でしたでしょうか。

 

普段、新聞記事に掲載して頂いても、ブログに載せない事の方が多いのですが、今回当店代表だけでなく、前代表(故・前田俊行会長)の事も掲載して頂き、社員一同懐かしさと、さらに大石天狗堂を盛上げて会長の想いを受け継いでいかないとという気持ちに、改めてさせて頂きました。

その気持ちを忘れないよう、身を引き締めるつもりで当店ブログにも転載させて頂きました。

 

(いやぁ 全然、自慢じゃね~からな!

自慢じゃ…)

もう、いいって!

かるた・百人一首・花札 製造・卸・販売囲碁・将棋サイト 本館 セット・特価品囲碁・将棋サイト 別館 高級品専門

えッ!? 百人一首の札の裏の紅葉の由来!

カテゴリ: かるた,全般 2017.02.15 11:40 am

皆様こんにちは。

広報のFです。

よろしくお願い致します。

 

前回に引き続き、当店に舞い込んだかるたにまつわるご質問を、折角なのでブログに載せて皆様にもお伝えしていこうというこの企画。

題して『かるたの質問に答えるコーナー!』

ドンドンドン

パフパフパフ

 

 

早速、真面目に進めたいと思います。

 

今回のご質問は、海外からの留学生の方からでした。

『大石天狗堂だけの札(競技用百人一首)に「葉」を描いていると気付きました。それは何の葉っぱですか?また何故この葉っぱを選びましたか?よかったら教えてください。』

というものです。

IMG_2390

お答えしましょう。

ご質問の葉は、『イロハモミジ(イロハカエデ)』です。

そして何故この葉にしたのか?

わかりません!

以上!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に不明です。

 

そもそも競技用百人一首を当店が一手に製造するようになったのが、当店代表の祖父(7代目頭首)の頃に決めたらしく、7代目もその子の8代目も他界し、何故紅葉の絵柄を採用したかについて決めた本人に詳しい話は聞けません。

イタコさんにお願いすればわかるかもしれませんが。

 

 

代わりに、当店の役員の方や、かるた協会で長年尽力されている年配の方に話をお聞きしました。

 

昭和21年、戦前より一時途絶えていたかるた大会が復活。

同年、関東を中心に【日本かるた協会】(伊藤秀吉理事長)をはじめ、競技かるたの団体が相次いで発足しました。

明治37年からの伝統を持つ東京かるた会も、昭和25年に復興しました。

当時、関東エリアで競技かるたの札を製造していたのが、『精文館(セイブンカン)』(現在廃業)というカルタ屋でした。

当時は日本全国すべての競技かるたを大石天狗堂が作っていたわけではなかったんです。

 

同じく昭和21年、北陸・近畿・東海を中心に【西日本かるた連盟】(西田直次郎理事長)が競技かるたを註文していたのが大石天狗堂でした。

昭和25年に東京かるた会の発案で競技かるたの日本一を、東西のかるた連盟で戦い、一番を決めようという話が持ちあがり、翌々年の昭和27年1月に【競技かるた日本一決定戦!名人は誰だ!in芝 1952】(仮称)が開催されました。

 

その昭和27年の東西戦が行われる時にすったもんだがあり、古典としての百人一首の尊重から『歴史的仮名遣い』による競技かるた札の開催が決定。

その後、前回のブログにも書きましたが『まちいでつるかな』と『まちいづるかな』の違いなどの、元々の歴史的仮名遣いの訂正版である定本が出来、大石天狗堂が定本(前回ブログを参照)を基に、新たな文言による百人一首を製造するようになりました。

しかし、訂正前(あくまで大石天狗堂チームによる改訂)の歴史的仮名遣いによるかるたを作成していた精文館製を使っていた関東のかるた会や、関西の古くからの競技者の中から『大石さんも、前の文言のままで札を作って欲しい』となったのです。

 

いつ頃まで精文館が競技かるたを作っていたのかは分りませんし、その後精文館は廃業、その後引き継いだカワデ興産もやめられ、大石天狗堂が最終的に関東も含む日本全国の競技かるたを製造するに至りました。

さすが江戸時代から続く老舗は、ドラマがありますよね。

 

 

紅葉の葉の件を検証します。

 

競技かるたの箱のデザインを皆様ご存知ですか?

IMG_2389

鹿と紅葉の絵柄ですよね。

これは、尾形光琳の作った幻の百人一首取札の絵柄『猿丸太夫』の札から取ったそうです。

IMG_2388のコピー

 

競技かるたの裏の【紅葉の葉の柄】も、この箱の絵柄から思いついたのかもしれませんね。

 

 

さらに検証しますと、百人一首の歌を季節ごとにまとめますと、春の歌が6首、夏が4首、秋の歌16首、冬6首です。(残りは、季節の特定できない恋の歌だったりです)

 

平安時代の頃の日本では、自然に対する畏敬の念と精神性が強く、季節に対しても感じた気持ちを和歌に表す文化がありました。

 

特に、物悲しさ、淋しさ、人恋しさ等の人の気持ちの関係が深くなるメランコリーの季節・秋が、和歌の題材にピッタリだったのでしょう。

 

百人一首の季節で秋の和歌が多いのは、選者の藤原定家の好みもあったでしょうが、元々百人一首以外の和歌に、秋にまつわる物が多かったからなのでしょうね。

 

実際、京都の紅葉は昔から変わらず見事で、観光客も多いですもんね。

 

 

ですのでその『百人一首といえば秋』というイメージや、『京都といえば紅葉』というイメージから、イロハモミジの柄が採用された気もします。

 

最後は、筆者の推測になり申し訳ありません。

 

 

余談ですが、競技かるたの札の裏の紙に緑が採用されたのは、『眼に優しいように』だそうです。

さらに裏の紅葉の印刷の漢字(小倉山)が上、平仮名(をくら山)が下になるように統一したのは私です。

それまで、一組が同じ向きなら時に問題ではありませんでした。

(ちょっぴり自慢 (´∀`*)ウフフ)

 

 

かるた・百人一首・花札 製造・卸・販売囲碁・将棋サイト 本館 セット・特価品囲碁・将棋サイト 別館 高級品専門

『まちいづ(つ)るかな』と『まちいで(て)つるかな』の謎!!!

カテゴリ: かるた,全般 2017.02.08 6:22 pm

皆さんこんにちは。

広報のFです。

よろしくお願い致します。

 

早いもので、もう2月です。

京都の梅小路公園の梅の木にもつぼみが付き、受験の神様『菅原道真公』を祀る 北野天満宮の梅もそろそろでしょうかね。

 

ところで以前にも触れた百人一首の文言について、最近もお問い合わせがありましたのでおさらいと言いますか、整理してみました。

 

質問の内容は『大石天狗堂様の全日本かるた協会公認の百人一首には、「ありあけのつきをまちいてつるかな」の取り札の表記が下記の2種類あるようです。

ありあけのつきをまちいてつるかな

ありあけのつきをまちいつるかな

 

2種類ある理由はなぜですか?

百人一首の製造メーカーによってもこの札の改行の仕方や文字の省略の有無が違うようですが何かルールがあるのでしょうか?』というものです。

 

具体的には、表題どおり『まちいづ(つ)るかな』と『まちいで(て)つるかな』の部分です。

 

結論から申し上げますと

『新仮名遣い』と『旧仮名遣い』

の二種類の百人一首を現在も製造しているからです。

 

詳しくは、当社ブログにて掲載したものからの抜粋を下記に転載致しましたので、ご参照下さい。

 

 

戦後、国語審議会の告示で百人一首の文言(歴史仮名遣い)は、(現代仮名遣い)が表記された 『新制かるた』 が提案されましたが、結局元の歴史仮名遣いの百人一首による競技に戻ってしまったようです。

元々競技かるたは始まった頃、関東のカルタ屋と関西のカルタ屋の二件で、競技かるたの製造をしておりました。

その後、関東のカルタ屋は廃業され、全国すべて競技かるたを大石天狗堂が作るようになりました。

その頃、当時大石天狗堂では、百人一首の文言などを研究した、百人一首の 『定本(ていほん)』 を作っていました。

この定本とは、異本の多い古典の誤謬、誤植を検討校正して、類書中の標準となるべき正確さを備えた決定本であり、監修者には、下記の著名な方々がご協力頂きました。

校訂責任者:立命館大学 出雲路教授

校訂指導  :京都大学 吉澤名誉教授

:京都大学 西田名誉教授

:京都大学 澤潟教授

:國學院大學 武田教授

これにより正式な百人一首の文言を決定し、これ以降に製造した当店の全ての小倉百人一首は、定本を元に製造致しました。

しかしこの定本により、関東のカルタ屋製の『競技かるた』と大石天狗堂の『競技かるた』に、文言の違いが出てしまいました。

例えば、21番 素性法師の場合

「そせいほうし」(新)と「そせいほふし」(旧)

「まち出(い)づるかな」(新)と「まち出(い)でつるかな」(旧)

など、取札37枚(70か所)、読札に至っては殆ど全部だったようです。

 

特に今でも多いのが『いづくもおなじ』と『いづこもおなじ』の誤植ではないかという問い合わせです。

勿論、これは誤植ではありません。

しかし、昔からの協会の専任読手さんの中には、昔から詠み慣れた(旧仮名遣い)のかるたをそのままお詠みになって競技をされておりました。

『関東のかるた屋〇〇』(名称が定かでない為伏せます)が競技かるたを作らなくなり、大石天狗堂が全国全ての競技かるたを手掛けて製造する事になった際、『ずっと前の(旧仮名遣い)の札で詠み方が統一されているので、競技かるたは今まで通りの文言で作ってくれ』とかるた協会様より相談されました。

ですので、かるた会用に製造している商品は、現在の全日本かるた協会になった今でも、前述の理由から文言違いの百人一首を製造しています。

 

昔の話で、この様な経緯があったことを知る人少なくなってきましたが、当店役員や、かるた会のベテランの方にお話をお聞きして、少しでも記録として残せたらと願います。

 

尚、上記の新仮名遣いとは現代仮名遣いという意味ではありませんし、旧仮名遣いも歴史的仮名遣いという意味ではありません。

現代(2017年現在)の仮名遣いという意味ではなく、弊社が定本を作成した際(定本作成より古い文言)と(定本作成後の文言)の区別の為(旧)(新)ということです。

 

競技かるたの歴史には、以前のブログ転載の通り、現代仮名遣いによる百人一首も提案されたようですが、採用(認知?)はされなかったようですね。

 

この(新)(旧)両方の仮名遣いは、どちらもその後の研究でさらに解釈が変っているかもしれませんが、弊社はそこまで言及してはおりません。

また、弊社の当時の判断や現在の事情に基づき製造しておりますので、他社の文言の解釈とは同一ではありません。

 

【旧仮名遣い】(定本作成より古い文言)↓↓↓

scan-13

 

光琳かるた『まちいで(て)つるかな』129,600円(税込)

 

IMG_2377

吉野『まちいで(て)つるかな』10,800円(税込)

競技かるた標準『まちいで(て)つるかな』5,400円(税込)

 

IMG_2387

きまり字五色二十人一首『まちいで(て)つるかな』1,944円(税込)

 

 

【新仮名遣い】(定本作成後の文言)↓↓↓

IMG_2378

時雨『まちいづ(つ)るかな』16,200円(税込)

桂川『まちいづ(つ)るかな』8,640円(税込)

 

IMG_2379

新・教育用『まちいづ(つ)るかな』3,024円(税込)

染草『まちいづ(つ)るかな』3,024円(税込)

 

IMG_2380

小倉山『まちいづ(つ)るかな』1,620円(税込)

舞楽『まちいづ(つ)るかな』3,240円(税込)

きまり字かるた『まちいづ(つ)るかな』1,620円(税込)

小町『まちいづ(つ)るかな』1,620円(税込)

 

上記の百人一首のバリエーションがあります。

 

是非、気になる方は、ご確認下さいませ。

かるた・百人一首・花札 製造・卸・販売囲碁・将棋サイト 本館 セット・特価品囲碁・将棋サイト 別館 高級品専門
かるた・百人一首 製造・卸・販売
囲碁・将棋販売
囲碁・将棋 高級品販売専門サイト
大石天狗堂 Facebookページ
株式会社大石天狗堂 612-8082 京都府京都市伏見区両替町2丁目350-1 TEL:075-603-8688 FAX:075-603-8677
Copyright (C) 2008 - 2017 京都大石天狗堂/百人一首・花札・光琳かるた・いろはかるた All Rights Reserved.