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京都大石天狗堂 ニュースブログ

京都パワースポットと百人一首(白峰神社編)

カテゴリ: かるた,全般 2014.06.17 6:36 pm

皆さんこんにちは、広報のFです。

 

さて、【京都のパワースポット&百人一首】シリーズ第二弾です。

 

無理やり今はやりの(パワースポット)関連の記事を立ち上げたわけではありません。

 

百人一首などのかるたに関係しているからですので、そこの所よろしくお願い致しますよ!

 

さてさて、今回のパワースポットは、上京区の白峯神社(しらみねじんじゃ)です。

 

前回の上賀茂神社と違い、都会の真ん中の神社で、

地下鉄烏丸線「今出川駅」4番出口西へ徒歩8分の距離です。

 

タイムリーな事にこの神社、今もっとも熱い注目を浴びています。

 

それは【サッカーの2014年ワールドカップ優勝を祈願!!!】でしょ!!!!

siramine(1)

 

残念なことに初戦のコートジボワール戦は、負けてしまいましたが、

2戦目は是非とも頑張って勝ち進んで欲しいところです。

siramine(2)

 

サッカーに限らず、球技全般の技能向上にご利益があり、

野球やバレーボールなどの選手なども参拝されるようです。

 

それもそのはず、この地が蹴鞠の家元、飛鳥井家(あすかいけ)の邸宅跡であり、

元々、蹴鞠の神様【精大明神(せいだいみょうじん まり精大明神とも呼ばれています)】が

祀られていたからです。

 

 

飛鳥井家とは、藤原房前(藤原不比等の次男)を祖とする

【藤原北家(ふじわらほっけ)の家系】であり、かるたの歌道家元、

藤原定家【ふじわらていか 小倉百人一首の選者】もこの藤原北家の家系である

御子左家(みこひだりけ、長家流ともいう)の家系です。

 

蹴鞠だけでなく和歌にも通じた家柄で、多くの歌人を輩出している優秀な血筋ですが、

それだけではありません。

 

祖先の藤原不比等自身が、父・藤原鎌足(中臣鎌足)の実子ではなく、

天智天皇の御落胤の可能性もあり(もしそれが本当だとすると、

皇族に連なる家柄となります)かなり有力な貴族であるといえます。

 

旧社格(第二次世界大戦後、廃止になりましたが)でいうと、明治神宮や近江神宮、

出雲大社などと同じ、国から奉幣を受ける最上位の神社【官幣大社】として取り扱われておりました。

 

精大明神は、飛鳥井家時代から祀られていましたが、

白峯神社とは呼ばれていませんでした。

 

明治元年に創建した寺社で、歴史的にも古いわけでもないのに【官幣大社】の待遇は、

あまりに特別ですよね。

 

それには、皇室に災禍をお越し、皇室貴族を震撼させたある人物の霊を慰める為だったようです。

 

 

 

 

 

 

 

その名は『崇徳天皇(すとくてんのう 崇徳院ともいう)』(1164年没後、父:鳥羽上皇に疎まれ、

讃岐(香川県)に配流その後、都に戻らぬまま歿した)

 

そしてもう一人、崇徳天皇の様に配流先で歿した

『淳仁天皇(じゅんにんてんのう)』(764年没、天武天皇の孫 淡路の国(淡路島)に配流)

 

詳しくは、明治天皇の玄孫:竹田恒泰氏の著書『怨霊になった天皇』をご覧下さい。

 

御二方とも、都を追われ僻地で生涯を終えた人物で、没後怨霊となって

都に度重なる厄災を起こし、都人を震撼させたと言い伝えられており、

祟りを恐れた時の権力者が、没後天皇として崇め、

神に祀り祟りを鎮めようという経緯が同じでした。

 

この崇徳天皇が、百人一首の中の

『瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ

№77崇徳院』の作者です。

 

速い浅瀬の滝川の流れが、岩にせき止められ2つにわかれてしまっても、

また合流して一つになるように、仲を裂かれて別れさせられても、将来はきっと、

必ず逢おうと思うという意味です。

 

まるで恋愛の詩の様ですが、上記の配流になった原因(父との因縁)があるので、

心が離れてしまった父に対する、子の心情の詩であろうと一般的には解釈されています。

 

日本の教科書にも載っていませんが、幕末の時代に孝明天皇は、

その讃岐の地で祀られている崇徳上皇を慰霊するため、

その霊を京都に移すように幕府に命令しました。

 

しかし、命令した直後に孝明天皇が崩御してしまった為、その子である明治天皇が

その意志を継承して、現在の場所に社殿を作り、1868年に御影堂の神像を移動して、

ご神体としての白峯宮を建立しました。

 

 

日本最恐の怨霊と呼ばれ、『我は日本国の大魔縁(外道の長)となり、

天皇家以外の者(民衆)を日本の王とし、天皇家は滅ぼしてやるぞ!』という

具体的な呪詛をかけたとの事。

 

これは、同じく都を追われ亡くなり、死後に都(朝廷)に禍をもたらした

【早良親王】(さがらしんのう)や【菅原道真】(すがわらのみちざね 北野天満宮

学問の神様)と違い、死ぬ前に呪詛を残し崩御された事(呪詛の言葉を実際に言った)と、

その後の災禍のすさまじさと、災厄の年月の長さから、他の霊とは別格扱いとされてきました。

 

 

 

 

 

さてそんな和歌・蹴鞠の神様や、日本最恐の怨霊だった方を祀る白峯神社。

 

この社内には、数々のパワースポットがあります。

 

 

siramine(3)

【飛鳥井】(あすかい)

清少納言が枕草子の中で『井は、ほりかねの井。走り井は逢坂なるがをかしき。山の井、

さしも浅きためしになりはじめけむ。飛鳥井「みもひも寒し」とほめたるこそをかしけれ。

玉の井、少将ノ井、櫻井、后町の井。千貫の井。』と九つの名水を上げています。

 

昭和に入り、一度は10年間ほど枯れたが、その後復活したようです。

上記の九つの名水の中では、唯一現存していますので、

是非 白峯神社に来社された方は一服如何でしょうか。

 

但し、よく他の神社の境内にも設置されていますが、

手水舎(ちょうずしゃ・てみずやなど読み方は色々ありますが、

神様に参拝する前に身を清める場所)の仕様になっており、

筆者は勝手なイメージから(この手水舎が飛鳥井という事に)なかなか気が付かなかったです。

 

 

【鬱金之桜】(うこんのさくら)

いわゆる黄桜ですが、御衣黄(ぎょいこう)の桜と違い、非常に珍しく

日本に27本しか確認されていないそうです。

京都市内でも(東寺横 六孫王神社)(平野神社)(白峯神社)の

三箇所だけのようです(もし他にもあったらすみません)

 

桜の花には体にたまった悪い気を取り除き、本来の魅力を高め、

良い運気を呼び込んでくれる浄化・開運パワーがあるとのこと。

また、桜吹雪を浴びると、人間関係の厄落としになるとも言われています。

花見自体が運気アップであり、鬱金桜の花びらなら更にご利益がありそうですよね。

 

 

siramine(4)

【潜龍井】(せんりゅうい)

飛鳥井から北に50m位の場所、本殿の東隣りにある井戸。

御祭神は(潜龍大神)=白峯大龍王、赤峯姫龍王、紫峯大龍王

この神々は、昭和30年(1950年)、御火焚祭の斎行中、

炎の中に出現した三柱の龍神であるとされています。

 

水・醸造の守護神として今でも大切に祀られています。

 

潜龍井横の立札には『龍神様の坐す潜龍の井から湧き出る神水は、

家内安全・家業繁栄並びに悪縁を断ち良縁を得る霊験あらたかなる水神様として、

篤く尊崇されています。』と書かれていました。

 

同じ境内の潜龍井とは深さが異なる為、水脈が違います。

清少納言も飲んだ名水と、飲み比べるのも楽しいですよね。

 

【含笑花】(がんしゅうげ)

名前の由来は、花弁が開ききらないまま落花する様が、

つつましく含み笑いで微笑んでいるように見える事からこのような名が付いたそうです。

和名:唐招魂(とうおがたま からおがたま 唐種招霊ともいう)と呼ばれ

日本自生の招霊の樹と区別しながらも、同じモクレン科の霊木として、

白峯神社以外にも多くの神社で植栽されています。

英名:Banana Magnolia(バナナモクレン)と呼ばれ、

開花時期になるとバナナのような甘い香りが漂いますが、2,3日で花は散ってしまい、

なかなか花を見る事が出来ません。

4月中旬~5月下旬に京都の白峯神社に訪れ、含笑花の花を見る事が

出来たらそれだけで運が良いと言えましょう。

是非、チャレンジしてみて下さい。

 

 

siramine(5)

【小賀玉の木】(おがたまのき)

京都最大のオガタマノ木で、京都市指定天然記念物であり、樹齢約800歳、

樹高15.7m(マンション5~6階相当)招霊(おぎたま 精霊、神霊を招くの意)が名前の由来とか。

前述の、飛鳥井の裏にそびえ立ち、境内の門をくぐると右手の方にあります。

この巨木一本で、この神社が町中にあるのを忘れさせてくれる程の大きさです。

 

 

【三葉之松】

古来 松は、百木の長(すべての樹木の王)と言われ、見た目や実用性だけでなく、

豊穣と平安の神霊が降臨する憑代だそうです。

この三葉は全国的に珍しく、三本(三人)が一つの根本から生えていることから

【夫婦和楽・家内安全】に通じ、その葉が金色に色付、

落葉したものを身に付けると金銭運アップの御利益がある事から別名「金銭松」と呼ばれています。

 

【ムクロジの樹】

無患子の樹と書き、(子が患う事がない 病気に掛からない)の樹です。

それだけでも子を持つ親にとっては有難い樹なのに、

「インドの石鹸」という別名があるほど水に溶かすとよく泡立つ果皮を持ち、

洗濯や洗髪にと平安時代の貴族の生活の必需品(あまり洗濯はしなかったらしいが)として、

邸宅内に多く植えられていたようです。

 

 

これだけの霊木や、霊水、そして霊神がわずか数百メートル四方に祀られた神社数少ないかと思います。

 

 

siramine(6)

【蹴鞠碑】

石碑は、2001年に建立されました。

『撫で鞠』と呼ばれる石碑に取り付けられた石玉を回し、

球運を祈願する独特の参拝が珍しい。

蹴鞠保存会は、明治天皇の「蹴鞠保存」の恩召しに応じて、

明治三十六年(西暦1903年)に創立されました。

蹴鞠保存会の方々は、白峯神社だけでなく、藤森神社のあじさい祭や、

下鴨神社の蹴鞠初めなどでも披露されるそうです。

 

きたる7月7日(月)白峯神社内にて、「精大明神例祭」が行われます。

これは、精大明神が蹴鞠の七夕の神であり、球技だけに留まらず、

芸能・学問の向上にもご利益がある事から行われる神事です。

当日は、午後から蹴鞠が庭上で奉納されるほか、

一般の方が参加できる蹴鞠体験もあります。

また蹴鞠奉納の後は、少女達があでやかに大笹の周りを廻る「七夕小町踊」も

拝観無料で楽しめます。

元禄の頃に西陣の乙女達が、技能・芸能の向上を祈願し

踊り歩いた古事を再現した行事とのこと。

 

「七夕祭」14:30~

「蹴鞠」15:00~

「七夕小町踊」16:30~

(雨天中止)

 

是非、夏の京都の風物詩をご覧ください。

 

シリーズ過去ブログ

京都パワースポットと百人一首【北野天満宮編】(パート4)

京都パワースポットと百人一首【北野天満宮編】(パート3)

京都パワースポットと百人一首【北野天満宮編】(パート1)

京都パワースポットと百人一首【北野天満宮編】(パート2)

京都パワースポットと百人一首(貴船神社編)パート1

京都パワースポットと百人一首(貴船神社編)パート2

京都パワースポットと百人一首(貴船神社編)パート3

京都パワースポットと百人一首(白峯神社編)

京都パワースポットと百人一首(上賀茂神社編)

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6月掲載②駒台

カテゴリ: 囲碁・将棋 2014.06.17 6:20 pm

駒台

日本固有の文化とも言える 取った駒を再度使えるルールは 他の国にはみられないです。

取った駒は 兵士 情報です その情報を オープンにする為 相手にわかるように

駒台の上に並べるのです、ちなみに手に持って 隠すのは 反則です。

 

2つで1組とし対局盤の右側に 置くとされています

駒台の高さは 盤面より 駒尻 一枚分くらい(盤面より1cm程度)低くします。

天面の寸法としては 縦 横各12cmぐらいです 駒台の素材は

足付対局盤の素材 本榧盤などの場合 盤より少し暗い目の素材 本桑等がよしとされています。

他に 材としては 榧 紫檀 欅 黒檀 花梨 などがあります。

 

その起源

駒台の歴史はわりと 新しく 江戸時代は使われていませんでした。

対局の際は 半紙の四つ折や 駒箱などを駒置きにしていました。

 

13世名人関根金次郎の著で 明治の末期 品川の料亭経営で財を成した 飯塚力造を

駒台の発案者と紹介しています。お雛様のお供を乗せる 飾り台からのヒントと言われ

豊島太郎吉が作ったと されています。明治末期から大正にかけて 普及していきます。

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大石天狗堂口伝 第三章

カテゴリ: かるた,全般 2014.06.13 6:46 pm

皆さんこんにちは。広報のFです。

 

またまた、『大石天狗堂口伝シリーズ』始めたいと思います。

oishikyusyaokuooishitengudo mukashinogazo④

このシリーズ、なかなかに小難しい話ばかりで『教科書みたい』と感じられる方も

おられるでしょうが、かるた作りをしてきた歴史の中で、創業者や継承者の

方々のご苦労・創意工夫、そして多くのお客様との関わり等、

色々な出来事を経て今日の大石天狗堂がある事を忘れない為のヒストリーです。

 

書いている筆者にとっても、同業他社様にとっても無関係ではないので、

少し真面目に続けて行きたいと思います。

 

江戸時代後期の京の町にも、老中松平定信が主導で進められた

幕政改革『寛政の改革』(1787年~1793年)が行われると、

緊縮財政や風紀取締りなど、幕府の財政安定化が始まりました。

 

今までは『一応 取り締っておこうかな~。仕事やしな~』といった程度の仕事ぶりの

役人達でしたが、本気で賭博(うんすんかるたや花札等)札の取締りをし始めました。

 

この改革は田沼意次等の役人の風紀の乱れがきっかけで始まったのもありますが、

財政難を立て直す為、庶民にも倹約や思想統制を行うようになりました。

 

その為、皆が定信さんに対し反感を抱くようになっていきました。

(日本の為、良かれと思ってやったのでしょうが、損な役回りのお人ですね)

 

 

この松平定信という人はどのような人だったのでしょう。

御三卿の田安徳川家の出で幼名:賢丸(まさまる)(1758~1829年)

名前の通りの賢いお子様でした。

8代将軍徳川吉宗(『よしむね評判記―!! 暴れん坊将軍!!!!!

ジャジャジャーン、ジャージャージャー、ジャ ジャーン』(暴れん坊将軍OPより 古!!!!)

のお孫さんです。

(当然、松平健さんの一族ではありません)本物の吉宗さんの孫にあたります。

 

しかし定信が18歳の頃、当時の権力者:田沼意次の政治に対し

『賄賂政治』と批判し疎まれたようです。

 

その後、自ら幕閣入りを狙い、田沼意次に賄賂を贈っていたらしい(なんじゃそりゃ!)

 

気質は、『隠密の後ろに隠密をつけた』と言われるほど猜疑心が強く、神経質だったそうです。

たまにこういったややこしい方いますよね。

 

しかしこの人は、他者にのみ倹約を強いたわけではなく、自分自身も率先して

質素倹約に勤める有言実行タイプ。

 

自分が藩主を務める白河藩では、迅速な飢饉対策が功を奏し、天明の大飢饉で

被害の大きかった東北地方の中で、白河藩では餓死者がゼロだったそうです。

他人には偉そうな事言うけど、自分はやらない人とは大違いですね。

 

おじいちゃん(吉宗)の時代に起きた

宝永地震(1707年10月)

 

その49日後に噴火した

富士山大噴火(1707年)

 

うんか(害虫)の大発生による 『享保の大飢饉(1732年~)』

そして同じ時期に(宿毛一揆など)の各地の藩政、幕政に対する暴動

 

そして1770年代から続く

冷害、浅間山大噴火そしてその影響か 『天明の大飢饉(1783年)』 をはじめ、

多くの災害が民衆を苦しめました。

 

噴煙により日照量の低下で作物の不作など、これでもかと度重なる大災害と

そんな復興しない状況の中行われる年貢の取立て。

 

民衆の不満もピークに達していました。

 

そんな閉塞感と困窮を極めた暮らしの中 『天明の打ちこわし(1787年)』 が

全国規模で同時多発的に起き、ますます幕府の政策は難航。

 

江戸時代と違い、3年前に起きた東日本大震災では、大変な災害でしたが、

直接の被害のなかった地域などが協力して復興に向けて協力出来る状況です。

 

(まだまだ、足りませんがまずは『忘れない』『終わっていない』という事を考えていきましょう)

 

しかし定信さんの時代は、情報も統制力も機動力も、すべてが現代より難しかったでしょう。

 

 

そんな時代の人々の数少ない息抜きは、カルタだったのではないでしょうか。

 

それとも、幕府が庶民達のガス抜きの為に、徹底的にカルタを根絶やしにしなかったのでしょうか。

 

謎は深まるばかり!

 

続きは次回に。

 

アテブレーベ・オブリガード!

ooishitengudo mukashinogazo⑤mukashinodougu

 

 

 

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シリーズ一覧

 

 

 

大石天狗堂口伝 第一章(2014.1.18)

 

 

 

大石天狗堂口伝 第二章(2014.4.11)

 

 

 

大石天狗堂口伝 第三章(2014.6.13)

 

 

 

大石天狗堂口伝 第四章(2014.8.22)

 

 

 

大石天狗堂口伝 第五章(2014.12.19)

 

 

 

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京都パワースポットと百人一首【上賀茂神社編】

カテゴリ: かるた,全般 2014.06.06 7:45 pm

皆さんこんにちは、広報のFです 。

 

新たに新シリーズとして『京都のパワースポット』について書いていこうと思います。

 

比叡山延暦寺や、上賀茂神社、下鴨神社、吉田神社、平安神宮、八坂神社、清水寺、

豊国神社、瀧尾神社、東福寺、伏見稲荷大社、藤森神社、御香宮神社などなど…

 

色々な雑誌やテレビマスコミ、ネットやただのうわさなど、今さら取り上げるのは、

『時代遅れ』であり、踊らされている感たっぷりです。

 

当店が取り扱わなくても、もっと詳しく、もっと裏の裏までつっこんだ

情報のブログやサイトもあるでしょう。

 

しかし、あえてやります。

 

大石天狗堂がいくら京都のお店だからと言って【京都のパワースポットについて書く】では、

あまりに安直すぎるという事で、同じやるなら百人一首やかるたなどに関係する場所で

お送りして行こうと思います。

 

が、しかし(霊感)もなければ(信仰心)も少ない筆者が書き綴る当ブログ。

 

近所にパワースポットがあっても知られていない場所や、

有名なのに筆者が知らないだけの場所もあるでしょう。

その辺は、逆に皆様ご存知でしたらご教授下さい。

 

不思議な事に、京都のパワースポットは、直線状につながったライン上に多く点在し、

その多さやご利益(?)に驚嘆致します。

 

例えば、上記の寺社仏閣などの地図に印をしてみて下さい。

 

同じライン上に並んでいるのが分かります。何故でしょう?

風水師や歴史好きな方の方が、よくご存じかと思いますので、解答はそちらまで。

 

 

ではまず最初は、上賀茂神社から見て行きましょう。

 

上賀茂神社は正式には『賀茂別雷神社』といいます。

日本最古の神社の一つで、平安遷都より前から神が降臨した地として、大切にまつられてきました。

 

パワースポットとして有名な場所ですが、そういった風水や気といったものに興味が無い方でも、

この地にいると心がなごみ、清々しい気分になるでしょう。

 

実は、百人一首に『風そよぐ ならの小川の 夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりける
 従二位家隆(98番) 新勅撰集』という歌があります。
 ietaka gazo
この(ならの小川)の「なら」は、奈良県の奈良ではなく、
楢(木の種類)の事であり、上賀茂神社の本殿西側を流れる【御手洗川(みたらしがわ)】と
本殿東側を流れる【御物忌川(みものいみがわ 上賀茂神社HPより)】が、
舞殿の傍らで合流し【奈良(楢)の小川】になり境内を南に流れて行きます。
 naranoogawa 1 
 naranoogawa 2

つまり「すっかり御手洗川のほとりも楢の葉がそよそよ揺れたりして、秋めいてきたけど、

まだ夏なのよね。だって六月祓の行事が行われているのがその証拠よ」といった意味です。

 

この家隆さんは藤原定家(小倉百人一首選者)と並び称されるほどの歌人で、

生涯6万首も歌を作り続けたそうです。

 

この歌は屏風に添える屏風歌で、上の句の(聴覚・触覚的表現)と、

下の句の(視覚的表現)との対比の歌だそうで、木々に囲まれた小川のほとりで、

楢の葉が青々と茂り、上賀茂の地で行われている御祓(六月祓)を執り行う白衣の

神官達の神事を表現した風景歌です。

 

丁度、この歌に詠まれた大祓(おおはらえ)が2014年6月30日(月)に執り行われます。

 

大祓とは、年に二度【6月の夏越しの祓(なごしのはらえ)】と

【12月31日に行われる年越しの祓(としこしのはらえ)】の事を指します。

 

大宝律令によって正式な宮中行事に定められましたが、

行事自体はその前から行われており、現代と違い衣類の洗濯などあまり頻繁に

行われることのなかった古代の日本では、雑菌が繁殖しやすい時期に、

一斉に真新しい衣類に取り換える事で、疫病にかからないように備える意味があったようです。

 

つまり、家隆の和歌に詠まれた『みそぎぞ夏の しるしなりける』はこの、

六月の夏越しの祓の情景を詠んでいたんですね。

 

そんな悠久の時を超えて執り行われ続けて来た年中行事『夏越神事(なごししんじ)』

『夏越祓式(なごしはらえしき)』が6月30日(月)午前10時(本殿神事)

午後8時(ならの小川で人形投流)予定です。

 

是非、お時間、ご都合の合う方は、10時からの『夏越神事』で茅輪(ちのわ)をくぐり、

午後8時からの『夏越祓式』で半年間ためまくった罪穢を祓い清めてみて下さい。

 

午後8時でしたら、平日仕事終わりでも、ギリギリ間に合うかもしれませんよ。

 

 

 

そして、上賀茂神社の境内を流れる二つの川が合流する場所に、

上賀茂神社のパワースポットがあります。

 

二の鳥居をくぐりすぐに見える細殿(ほそどの)の前に三角錐型の一対の砂山。

kamigamo 2

【立砂(たてずな)(盛砂もりずなとも言う)】

上賀茂神社から北に2㎞ほどの場所に美しい円錐形の山【神山(こうやま)】があり、

その山をかたどったのが立砂と言われています。

 

この立砂は、神の憑代(よりしろ)で神が引き寄せられて乗り移るものとされ、

新職の方が、4時間近くかかって作るとの事です。

 

この立砂をケータイの待ち受けにすると、運気が上がると言われていますが、

真偽のほどは、ご自身でお確かめ下さい。

 

しかし、もっと凄い最強パワースポットが他にも存在しました。

 

この立砂のある細殿(ほそどの)の裏、本殿楼門の正面に注連縄(しめなわ)で

囲まれた一角があります。

 

その名も『岩上(がんじょう)』

gannjyou 1

岩上の横に立つ立て札の文章には、

『岩上  賀茂祭(葵祭)には、宮司この岩の上に蹲踞、勅使と対面し、

御祭文に対して神のご意志を伝える「反祝詞」を申す神聖な場所である。

太古御祭神が天降りされた秀峰神山(こうやま)は本殿の後方2㎞の処に在り、

頂きには降臨石を拝し、山麓には御阿礼所(みあれしょ)を設け厳粛な祭祀が斎行されてきた。

この岩上は神山と共に加茂信仰の原点であり、古代祭祀の形を今に伝える場所である。

神と人との心の通路(かよいじ)でもあり、「気」の集中する場所である。』

と書かれてあります。

 

なにげに凄い場所が、しめ縄だけで遮られた手の届く処にあるとは!

 

間違えて踏み入る人はいないでしょうけど、神域なのにこんなに簡単に

近寄れてしまうと、逆に恐れ多いですよね。

 

しかもそれだけではありません。

 

来年2015年秋には、『賀茂別雷神社(上賀茂神社の正式名です)

第42回 式年遷宮』が執り行われる予定です。

kamigamo 1

伊勢神宮は20年毎でしたが、上賀茂神社は21年に一度だそうです。

因みに、大阪の住吉大社は30年毎、出雲大社にいたっては60~70年毎だそうですから、

その分盛大にするのでしょうか。

 

21年に一度ですが、世界遺産に登録されている上に、国宝2棟、重要文化財41棟もあり、

簡単にはいかないようです。

 

そこで基本修復や屋根の葺き替え作業がメインだそうですが、

この葺き替えがハンパないほどの費用がかかります。

 

屋根の葺き替えだけで20億円です。

 

「柱なんかの修復費も入れたいくらかかんねん!」

 

でも、檜皮葺(ひわだぶき)なんだから仕方ない。

 

*檜皮葺とは、日本古来の屋根部分の工法で、50~60年ほど成長したヒノキの表皮を使い、

縦75㎝×15㎝ほどに切りそろえた桧皮を、1枚1枚横方向に敷き並べます。

そして1枚毎に1.2cmずらしながら重ねて葺き上がり、5枚重ねる毎に竹釘を2cm程度の

間隔で打ち付けます。

この時、檜皮葺用の『屋根金槌(やねかなづち)』を使用します。

1枚75cmの長さの皮を1.2cmずつ、ずらしながら葺くので62.5枚重なることとなります。

厚さにすると9cm程度の葺厚となります。「日吉大社HPより抜粋」

 

 

 

だいたい一坪葺くのに2,400~3,000枚の桧皮を使います。

 

また足場が悪く、高所の危険と隣り合わせの中、職人さん達は作業されます。

 

夏の照り付ける日差しも、身も切れる寒風の冬も、一生懸命多くの職人さん達が

携わり腕を振るうわけです。

 

それだけでも完成した時は、感動的でしょうね。

 

本殿楼門入って左側で、桧皮の寄進を募っていました。

 

確か、数千円(1,000~3,000円)位だったかな。

 

是非、ご協力をお願い致します。

みんなで大切な物を、次の世代に残していきましょう!!!!

 

そんな日本の宝を守ろうと思う気持ちが、一番のパワーです(^_-)-☆

 

シリーズ過去ブログ

京都パワースポットと百人一首【北野天満宮編】(パート4)

京都パワースポットと百人一首【北野天満宮編】(パート3)

京都パワースポットと百人一首【北野天満宮編】(パート1)

京都パワースポットと百人一首【北野天満宮編】(パート2)

京都パワースポットと百人一首(貴船神社編)パート1

京都パワースポットと百人一首(貴船神社編)パート2

京都パワースポットと百人一首(貴船神社編)パート3

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6月掲載新商品たのしき碁のご紹介

カテゴリ: 囲碁・将棋 2014.06.03 5:36 pm

新商品 たのしき碁のご紹介

 

以前にもお伝えしましたように 中々新商品の出ない私どもの業界

久しぶり新商品のご紹介です。

 

たのしき碁

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包んで、持ち運べる碁盤

大きく扱いにくい碁盤を風呂敷にしました。碁笥を包んでさっと持って行けるそんな気軽さが

魅力です。カラフル明るい風呂敷ですよ。

 

たのしき碁は色にもこだわっています。

盤の色 梔子(くちなし)・・・白黒の碁石によく調和する 梔子色。梔子は「口なし」に通じ

碁を囲めば会話は無用 口出しも無用の意味

碁盤の足は梔子の実を まねています。

線の色  玄・・・少し赤味がかった黒を玄と呼び 古くは深遠なる空の色とされています。

幽玄とは 奥深く趣のあること

地の色  京紫・・・京都のの歴史 風格を象徴する京紫。たのしき碁は 京都の地で

心を込めて製造しております。

 

風呂敷の語源について

奈良時代 正倉院御物の中に舞楽衣装を包む物としてあります。

平安時代 室町時代入浴は 身を清める行事であり、白衣をまとっての入浴であった

ために 広げた布の上で更衣し 又濡れた衣装を包んで持ち帰るのにもちいられ、

そのような用途から 風呂で敷く布 包む布から 風呂敷と呼ばれるようになっていきます、

大名の風呂敷には 家紋が入っていてといわれています、

江戸時代銭湯が誕生 庶民の間にも 風呂敷包み 風呂敷として全国に広められます。

 

その環境問題

スーパーレジ袋1枚製造のため約16­~18mlの原油を要します 又製造のため30g

焼却のため同程度の 二酸化炭素が 排出されるとされています

国内で年間300億枚使用されるというレジ袋 原油換算で60万キロリットル

ゴミとして60万トンになります。風呂敷を利用することで地球温暖化を防げる効果があります。

余談 ちょっと変わった使われ方

日本の検察庁 検察官は査察に際し 伝統的に風呂敷を使用しています 書類や証拠物

凶器等が 通常のバック等に 入りきれない時のためとされています。

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名古屋髙島屋『大京都展』大盛況でした!

カテゴリ: 全般 2014.06.02 5:47 pm

皆さんこんにちは、広報のFです。

 

先日、JR名古屋髙島屋にて行われた『大京都展』が終了しました。

nagoya1

 

特に人気だったのが、『名古屋髙島屋限定百人一首 若竹』でした。

 

こちらの商品をご購入頂くために、開催前からお問い合わせが殺到。

 

限定15個で店頭に並んだ物は、初日の14時で完売(約4時間)

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あまりに早くの完売に特別に受注生産に切り替え、開期中に20軒以上のご注文も頂き、

大変好評でした。

 

ご注文頂いた方々、しばらくお待ちください。

 

また、特設ステージにて行われた裏貼実演&講演も反響があり、

結果 ステージをご覧になられた方から『あまり触れた事の無いカルタの世界に

一気に興味を持ちました。とっても素敵な実演ステージでしたのでメールさせていただきました。

ありがとうございました。』

とうれしいメールも頂きました。

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色々な地域の色々な世代の方々に、喜んで頂けるようこれからも

誠心誠意作り続けてまいります。

 

これからもよろしくお願い致します。

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